1on1ミーティングでメンバーの意欲を引き出すことはできていますか?キャリア自律を促す支援はできていますか?そこで効果的に活用できるコミュニケーション手法、「ガイディング」について解説します。
ガイディングとは?
ガイディングとは、やりとげる自信を高め、自律的な目標達成を促すコミュニケーション手法です。
ガイディングはガイド(Guide)を元とした言葉です。旅のガイドのように、対象者が目指す目的地に向かって、コミュニケーションを取りながら共に伴走して支援をするため、ガイディングという名称を用いています。また、そのような支援者をガイドと呼びます。
参考:日本心理的資本協会
ガイディングの活用範囲/場面
ガイディングは、ご自身や他者、あるいは集団に対して、あらゆるコミュニケーション手段でそのノウハウを活かすことができます。1on1ミーティングを始めとする1対1の対話、日常的なコミュニケーション、ミーティングでのファシリテーションはもちろんのこと、チームのマネジメントサイクルの工夫、ワークシートを利用した振り返り、情報共有ツールの効果的な運用など様々です。
活用場面はビジネスの他にも、例えばスポーツ選手のトレーニングや、健康指導・健康増進支援、学校教育の場面や、受験や資格取得などの学業のサポート、子育てをはじめとする私生活にいたるまで、広範な分野で活かすことができます。
ガイディングの特徴
続いて、ガイディングの特徴を解説します。なお、以下はガイディングを1対1の”対話”に用いることを想定して解説しています。
目的:前向きに行動を起こすための「心の状態」をつくる支援を行う
対象者自身が納得して自分らしく前向きに行動を起こしてもらうための、心の状態(=心理的資本が高い状態)をつくることがガイディングの目的です。ガイディングのアプローチは、ポジティブ心理学から発展した「心理的資本(Psychological Capital/略称PsyCap サイキャップ)」の概念における開発手法に基づいています。
対象:さらに潜在力を発揮してほしい人
ガイディングは、「より前向きに行動を起こし、潜在力を発揮してほしい人」、あるいは、「すでに前向きに行動を起こしているが、より潜在力を発揮して、一皮向けてほしい人」に対して、最も効果を発揮します。逆に、メンタルが極度に落ち込んでいる人に対しては、効果が限定的かも知れません。
手法:「HERO」のフレームワークを用いる
ガイディングは、心理的資本の4つの構成要素である「HERO(ヒーロー)」というフレームワークを用います。HEROの要素は、「Hope/意志と経路の力」、「Efficacy/自信と信頼の力)、「Resilience/乗り越える力」、「Optimism/柔軟な楽観力」から成ります。
例えば旅行ガイドや山岳ガイドであれば、ガイドブックや様々なグッズを駆使して対象者を目的地まで伴走します。それと同じように、HEROのフレームワークをツールとしてうまく活用し、支援するのがコミュニケーション手法としてのガイディングです。
対象者の納得感(腹落ち)を短期間で促す
「HERO」のフレームワークは、理論的に体系化されており、経営学の裏付けがあるものです。やりとげる自信を高めるためのマインドを、抜け漏れなくHEROの4つの観点から言語化しているため、相手の納得感を得やすいという特徴があります。
また、ガイディングは対象者自身が行動できそうだと感じられるレベルの目標を設定し、まずは小さくても1歩目の行動を起こしてもらうことを主眼に置きます。よって、対象者が心理的な負担を強く感じることなく、納得感を見いだすことができます。さらに、行動から得た結果や気付きについて内省を促すことで納得感を深め、より強固な心理的資本の形成がなされます。
なお、HEROの他にも意欲を引き出す方法論は様々あります。しかし抽象的な理論や個人の経験則によるものも多く、HEROのフレームワークは効果的に活用しやすいと言えます。
活用しやすいコミュニケーション手法である
HEROのフレームワークを活用するため、その公式を理解することで、使い方を習得することができます。ガイド個人の経験や力量によって、大きくガイディングの効果が変わってしまうものではありません。
対象者へのアプローチ方法
ガイディングは、クエスチョン(問い/傾聴)、フィードバック、ティーチングの対話手法をバランス良く用いて、使い分けながら対話を進めます。対話にはHEROのフレームワークをツールとして活用します。これにより、ガイドは自らの経験や感覚だけに依存せず、効果的に対話を進めることができます。
クエスチョン(問い/傾聴)
HEROの切り口から対象者に問いを投げかけます。問いにより、対象者のメンタリティ状態をHEROの観点から深く理解します。その上で、仮説を持って具体的な対話を進めることで、気付きや思考の整理による内省を促します。
例えば以下のような問いを対象者に投げかけます。
Hope/意志と経路の力・・・「目指しているもの(Will)はなんですか?」
Efficacy/自信と信頼の力・・・「特に自信があるのはどのようなことですか?」
Resilience/乗り越える力」・・・「協力や応援してくれる人はがいるとするなら、誰でしょうか?」
Optimism/柔軟な楽観力・・・「この経験から、どんなことが学びになったと感じますか?」
フィードバック
随時、対象者の言葉から感じたことをHEROの視点からフィードバックを行います。これにより、対象者に新たな視点の発見や気付きを促します。ガイディングにおけるフィードバックは、その人や物事の良い点、うまくいっていること(ブライトスポット)にも積極的に注目し、ポジティブなフィードバック(承認・見直し・激励)をして、本人が変化を実感できるよう支援を行います。
ティーチング
対話を進める中で、対象者自身がまだ気づいていないHEROの観点が見えてきます。例えば対象者にHopeの視点が不足している場合は、新たな視点の提供としてHopeの考え方について解説をします。対象者は気付きによって具体的な行動を起こすためのヒント(リソース)を得ることができます。
ガイディングにおいて、ティーチングのアプローチを用いることは、コーチングやカウンセリングの考え方とは大きく異なる点です(後述)。
コーチング/カウンセリングとの違い
ガイディングをより深く理解するために、他のアプローチとの比較を解説します。
コーチング
コーチングは、相手の中に真の答えが存在するという前提のもと、問いかけを通じて気付きを促し、意思決定や行動を支援する手法です。コーチングでは、問いのアプローチが大きな比重を占めます。このアプローチは、他者から指摘を受けるのではなく、自らが自分の考えや感情、価値観に気付くことによって、深い納得感を得て、強固な信念をもって行動することができるというコーチングの考え方に基づいています。随所でフィードバックやティーチングも行い、問いの方向性のズレを修正します。
これらは効果的なアプローチである一方、コーチングが効果を発揮するのは、「自らが変わりたい、成長したいと強く思っている人」など、ある一定のレベル以上の対象者であると言われています。行動を起こす意欲や自信が高まっていない段階で問いを重視し過ぎると、「詰められた」と精神的にプレッシャーを感じたり、やらされ感を持ってしまうことで、返って行動を起こせなくなる場合も考えられます。また、対象者が自分で気付き、深い納得感を得るまでにはある程度の時間が必要です。
なお、効果的にコーチングを行うには、コーチをする側のスキルが求められます。本来、一流のコーチは問いだけではなく、フィードバックやティーチングをうまく用いて対話を進めます。しかしコーチにスキルが無いと、問いを重視するあまり、対象者が誘導尋問のように感じてしまうケースもあります。これは、社内の管理職がコーチンングを行う場合によく見受けられます。上司が、「答えは自分が持っている」という前提で問いを行うことで、部下の意欲を下げてしまう場合があります。コーチングの活用はこれらの点に留意する必要があるでしょう。
カウンセリング
カウンセリングは相手の気持ちに寄り添い、悩みを聞き、自分自身の力で立ち直っていくきっかけをつくるアプローチをとります。基本的には、面談者の意図で対象者を何かしらの誘導しないという前提に立っているため、傾聴や共感に徹し、相手に話をしてもらいます。
対象者として一般的に想定されるのは、一人で悩みを抱えてしまっている人、自己肯定感が低くなっている人、メンタルが落ち込んでいる人が中心です。逆に、心理的な問題を抱えていない対象者に対して傾聴や共感に徹しても、行動を促すことは難しいでしょう。カウンセリングによるアプローチよりも、傾聴からもう一歩対象者の考えに踏み込むようなアプローチが適しているといえます。
ガイディングは、コーチング/カウンセリングを補完する
ガイディングは対象者への介入スキルの一つであり、コーチングやカウンセリングとは相反するものではありません。むしろ、状況に応じてこれらのアプローチにガイディングの手法を組み合わせることで、効果的に目標達成や内面の成長をサポートできると考えます。また、ガイディングの活用・実践においても、コーチングやカウンセリングのスキルを大いに活かすことができます。
具体的にコーチングやカウンセリングにどうガイディングを活かすことできるのか?確立された型が存在するものではなく、実践者により解が異なります。例として、実践者のお声を以下に紹介します。お二人共に、ガイディングのスキルを有するPsyCap Master(心理的開発指導士)であり、且つコーチとしてコーチングの高い技術を持っておられます。
藤間美樹さん(株式会社HR&B代表取締役/エグゼクティブコーチ)
<セミナー:エグゼクティブコーチと考える1on1ガイディングよりコメントを抜粋>
Q.コーチングを行う中で、ガイディングをどう活かしていますか?
藤間さん:コーチングにも基本の型はありますが、一流の方は流れるように自然に対話するんです。逆に良くないコーチングは、目の前にいるクライアントに意識を集中できていない。次に何を聞こうかと迷っていると意味がありません。では、どうすれば良いのか。コーチングのスキルは、”問いの聞き方”と言われます。それもあるけれど、私は”何を聞くか”も大事だと考えています。
特に、コーチングテーマが人材育成や組織開発になる場合、心理的資本の「HERO」のフレームワークを理解していると効果的です。コーチングはコーチによって様々なやり方があります。私の場合、クライアントの頭の中の意識や悩みを”HEROの地図”として見ていくことをイメージします。クライアントは地図のどこにいるのか考え、「HEROのここの領域は大丈夫だな(あるいは弱いんじゃないかな)」「HEROのここはまだ話に出ていないから聞いてみよう」といった具合に対話を進めます。
悩んでいるところはよく話をするため、鮮明な地図を描くことができます。一方で、あまり地図の情報がコーチ側に届いてこないエリアも出てきます。そこに本人が気付いていない根っこの課題があるかもしれません。
このようにすることで、コーチは対話を進めやすくなります。地図をまっさらな状態から考えていくのは難しいですよね。心理的資本の理論を用いれば、最初からコーチは地図を持っている状態です。まっさらなキャンバスに絵を描くのは難しいですが、塗り絵だとガイドラインに沿って描きやすいのと同じです。心理的資本の理論は多くの学者が研究し考え抜いた上の結果から生まれた理論です。この知見を使わない手はないと思います。
※文章は一部改変を加えています。
※アーカイブ配信はこちらよりご覧ください(YouTube上で公開中)。
中本薫さん(パーソナルコーチ)
<心理的資本開発指導士インタビュー記事より抜粋>
Q.コーチングを行う中で、ガイディングをどう活かしていますか?
中本さん:私の場合、クライアントの状態に応じてアプローチを変えています。自己理解のサポートから始めたほうが良い場合は、クライアントの内面にフォーカスし、思考の整理や内省を深めるためにコーチングの問いを重視したアプローチを多めにすることもあります。適切に自己理解ができれば、その先のアプローチとしてガイディングも有効であると考えています。
クライアントのどこを強化すれば行動が加速するのか、対話の中で仮説を立てます。そして、ティーチングも交えながら対話し、行動を促します。次回のセッションでは、行動してどうだったかを再びHEROの観点から振り返っていきます。
コーチングアプローチだけでなく、ガイディングも活用することで、クライアントの迷いが減り、行動までの考える時間が短くなったと感じます。コーチングはクライアントに見えていない視点を提供する強みがありますが、ガイディングはより行動に近い材料を提供できると感じています。行動にフォーカスできる点がガイディングの強みではないでしょうか。
※記事全文はこちらよりご覧ください。
ガイディングを習得するには?
PsyCap Master®(サイキャップマスター/心理的資本開発指導士)認定講座は、8週間のオンラインプログラムを通じて、心理的資本の概念やガイディングのスキルについて深く学ぶことができる認定講座です。ガイディングを現場で活用できるスキルとして身につけることができます。
講座での認定基準をクリアした方は、ガイディングのスキルを有するPsyCap Master®(心理的資本開発指導士)として、日本心理的資本協会による認定を受けられます。2022年10月に正式に開講し、2023年8月時点で総受講者は約100名です。受講者は、管理職、組織開発推進者、人事担当者、研修講師、大学講師、コーチ業の方など多様です。すでにコーチやカウンセラーとしてのスキルをお持ちで、スキルのアップデートとして本講座を受講している方も多くおられます。
すでに多くの方がPsyCap Masterとして、様々な場面でガイディングを実践されています。ご関心のある方は、講座ウェブサイトをご確認ください。