部下育成のジレンマ:「獅子の子落とし」の先にある、科学的人材育成論

記事

「我が子を千尋の谷に突き落とす」という獅子の子育てに倣い、あえて厳しい環境で部下を鍛えるべきか。
それとも、失敗せぬよう「転ばぬ先の杖」を渡し、手厚くサポートするべきか。

これは、いつの時代も多くのリーダーが頭を悩ませる、人材育成における根源的な問いです。根性論や性善説が入り混じり、自身の成功体験に頼った指導が行われがちなこのテーマに、現代の心理学や経営学は、明確な一つの答えを提示しています。

本記事では、この古くからのジレンマを科学的な視点から紐解き、これからの時代に求められるリーダーシップの姿を明らかにします。結論から言えば、正解は「どちらか」ではなく、両者の長所を統合した「第三の道」にありました。

スタイル 特徴 子どもへの影響(調査結果)

独裁的(Authoritarian)(行き過ぎた獅子の子落とし)

要求は高いが、応答性・サポートは低い。厳格で一方的。 自尊心が低く、不安が強い。指示待ちになりやすい。社会的スキルが低い
許容的(Permissive)(行き過ぎた転ばぬ先の杖) 応答性は高いが、要求は低い。ルールがなく甘やかす。 衝動的で自己中心的。忍耐力や自己管理能力に欠ける。
権威ある(Authoritative)(バランスの取れた育て方) 要求は高く、応答性・サポートも高い。明確なルールと期待を示すが、温かく対話的で、子どもの自主性を尊重する。 学業成績が良く、自尊心が高い。社会的スキルに優れ、問題解決能力が高い。精神的に安定しており、レジリエンスが高い。

※子育てにおける研究より

その1:育成の両極端とその罠

多くの組織では、無意識のうちに「獅子の子落とし」型か「転ばぬ先の杖」型のどちらかに偏った育成が行われています。まずは、それぞれの光と影を見ていきましょう。

  1. 「獅子の子落とし」型リーダーシップの光と影

これは、いわゆる「OJT(On-the-Job Training)」の名の下に行われがちな「見て学べ」「とにかくやってみろ」というスタイルです。高い目標や困難な仕事を任せ、本人の力で乗り越えさせることで、一握りのタフな人材が育つことがあります。この成功体験を持つリーダーは、この方法こそが人を育てると信じて疑いません。

しかし、心理学ではこのアプローチは「独裁的(Authoritarian)」スタイルに陥る危険性を指摘します。つまり、高い要求はするものの、部下への情緒的なサポートや対話が欠けている状態です。

この環境下に置かれた部下は、常にプレッシャーに晒され、失敗を過度に恐れるようになります。結果として、報告や相談をためらい、問題が大きくなるまで抱え込んでしまうことも少なくありません。一部の成功者の裏で、多くの才能が自信を失い、最悪の場合、心身を消耗(バーンアウト)して組織を去っていく。これが「獅子の子落とし」の大きな影です。

 

2. 「転ばぬ先の杖」型リーダーシップの優しさと弱さ

部下を大切に思うあまり、失敗しないようにと細かく指示を出し、常に仕事に介入する。これは「転ばぬ先の杖」型であり、「マイクロマネジメント」とも呼ばれます。リーダーの意図は善意から出発していますが、このスタイルは部下の成長機会を根こそぎ奪ってしまいます。

心理学における「許容的(Permissive)」スタイルに近いこの関わり方は、部下から「自分で考える力」「問題を解決する力」を奪います。常に正解を与えられる環境では、部下は指示待ちになり、自律的な行動ができません。
困難な課題に直面したときに粘り強く取り組む力も育たず、少しでも想定外のことが起きると思考が停止してしまいます。
優しさが行き過ぎた結果、挑戦をせず、責任を取らない、成長なき「おとなしい部下」を生み出してしまう。
これが「転ばぬ先の杖」がもたらす弱さです。

その2:最適解は「第三の道」にあった

では、どうすれば部下は健全に成長するのか。数十年にわたる心理学研究が一貫して示す最適解は「支援型・コーチング型」のリーダーシップです。これは、子育て研究における「権威ある(Authoritative)」スタイルに相当し、まさに「獅子」と「杖」の長所を兼ね備えています。

このスタイルの本質は、「高い要求」と「温かいサポート」の両立にあります。

  • 挑戦を促す(獅子の役割): リーダーは部下の能力を信じ、少し背伸びが必要な「ストレッチ目標」を設定します。そして、その達成を信じて仕事を任せ、大きな裁量権を与えます。
  • 安全基地となる(杖の役割): しかし、決して突き放すことはしません。部下が困難に直面すれば相談に乗り、失敗しても責め立てるのではなく、それを学びの機会として一緒に振り返ります。目標達成に必要なリソースを提供し、精神的な支えとなる「心理的安全性」の高い環境を構築します。

このリーダーの下で、部下は「自分は信頼され、期待されている」と感じ、安心して挑戦することができます。失敗は成長の糧となり、成功は確固たる自信へと繋がるのです。

育成スタイル リーダーシップ(人材育成) 特徴と部下への影響
獅子の子落とし(行き過ぎた場合) 独裁型 or 放任型リーダー(Sink or Swim / 泳げるようになれ) 【特徴】 高い目標や困難な仕事を与えるが、具体的な指導やサポートはしない。【影響】 優秀な一部の部下は成長するかもしれないが、多くは失敗して自信を失ったり、精神的に疲弊(バーンアウト)したりする。組織としての再現性が低い。
転ばぬ先の杖(行き過ぎた場合) 過干渉型リーダー(マイクロマネジメント)

【特徴】 仕事の進め方を細かく指示し、部下の失敗を防ぐために常に介入する。

【影響】 部下は指示待ちになり、自ら考えて行動する能力や問題解決能力が育たない。モチベーションが低下し、成長が止まる。

権威ある育て方(バランス型) 支援型・コーチング型リーダー 【特徴】 明確で挑戦的な目標(ストレッチ目標)を設定し、その達成を信じて仕事を任せる。しかし、完全に突き放すのではなく、必要なサポートやフィードバックを提供し、部下の自律的な成長を促す。
【影響】 部下は当事者意識と自己効力感を持ち、安心して挑戦できる。失敗からも学び、持続的に成長する。

※部下育成に当てはめてみると…

その3:成長を内側から加速させる「心のエンジン」

しかし、同じように「支援型」の関わりをしても、驚くほど成長する部下と、そうでない部下がいるのはなぜでしょうか。その鍵を握るのが「心理的資本(Psychological Capital / PsyCap)」です。

心理的資本とは、人の成長とパフォーマンスを支えるポジティブな心理状態のことで、以下の4つの要素(頭文字をとりHERO)で構成されます。

  1. Hope(希望): 目標達成への意欲と、そのための道筋を見出す力。
  2. Efficacy(自信): 「自分ならできる」と信じられる自己効力感。
  3. Resilience(レジリエンス): 逆境からしなやかに立ち直る力。
  4. Optimism(楽観性): 物事のポジティブな側面を見て、成功を信じる力。

支援型リーダーが提供する「環境」という外的リソースに対し、心理的資本は部下自身の「心のエンジン」となる内的リソースです。このエンジンが強力であればあるほど、部下はリーダーの支援を最大限に活用し、自らの力で困難を乗り越え、成長していくことができます。

リーダーが創り出す、成長の好循環

そして最も重要なのは、この心理的資本は、支援型・コーチング型リーダーの関わりによって後天的に高めることができるという事実です。

  • 明確なビジョンと小さな成功体験の機会を与えることで、HopeEfficacyは育まれます。
  • 失敗を許容し、共に振り返る文化を創ることで、Resilienceは鍛えられます。
  • 部下の強みに目を向け、ポジティブな未来を語ることで、Optimismは醸成されます。

つまり、優れたリーダーは、部下の「心理的資本」を育む開発者なのです。

リーダーが支援的な環境を創る → 部下の心理的資本が高まる → 部下が挑戦し、成果を出す → 成功体験がさらに心理的資本を強化する…

この成長の好循環を生み出すことこそ、現代のリーダーシップにおける核心と言えるでしょう。

まとめ

「獅子の子落とし」か「転ばぬ先の杖」か、という二者択一の問いは、もはや過去のものです。

これからのリーダーに求められるのは、部下を谷に突き放すことでも、杖を渡し続けることでもありません。挑戦的な目標という「谷」を示しつつも、いつでも相談できる「杖」として寄り添い、部下一人ひとりの心の中に、自らの力で未来を切り拓くためのエンジン、すなわち「心理的資本(HERO)」を育むことなのです。

あなたのチームに、本当の意味での成長をもたらすために、まずはその関わり方から見直してみてはいかがでしょうか。

石見一女

石見一女

Be&Do代表取締役/組織・人材活性化コンサルティング会社の共同経営を経て、人と組織の活性化研究会(APO研)を設立運営。「個人と組織のイキイキ」をライフワークとし、働く人のキャリアと組織活性化について研究活動を継続。『なぜあの人は「イキイキ」としているのか』第1章30歳はきちんと落ち込め執筆、プレジデント社,2006年。

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