第4回WBC(ワールドベースボールクラシック)日本代表が決勝戦でアメリカに勝利し、14年ぶり3回目の優勝を果たしました。日本中に感動を届けてくれましたね。
第2回大会以来、優勝から遠ざかっていた日本代表が、今回優勝できた要因はなんだったのでしょうか?日本の野球は世界トップクラスであり、特に今大会はメジャー組の参加など史上最強メンバーと称されていたように、野球の技術が素晴らしいことは間違いありません。ただその技術を最大限に試合のパフォーマンスとして発揮させための土台となるメンタル面の強さも当然大きいと思います。
今回、侍ジャパンのメンタル面の強さに着目して学び、私達の仕事のパフォーマンス発揮や部下の人材育成・マネジメントなどに活かすべく、本ブログを執筆しました。侍ジャパンに感化された人は大勢いるでしょう。しかし、ただ単に「侍ジャパンすごかったな。」「信じれば必ず成功するんだ。」と、精神論や憧れだけで終わらせるのはやめましょう。(決勝戦前の大谷選手の名言風に言ってみました。)それでは再現性がなく、瞬間風速的にモチベーションが高まっただけになってしまうのです。大切なのは、その強さを論理的に理解することではないでしょうか。
本ブログでは心理的資本の構成要素であるHEROモデルを用いて考察します。HEROモデルを用いれば、心理的資本、すなわち目標達成に向かうポジティブな心のエネルギーの強さを体系立てて理解することができます。
Contents
侍ジャパンの心理的資本「HERO(ヒーロー)」
心理的資本は、HERO(ヒーロー)と呼ばれる4つの構成要素からなります。本ブログでは侍ジャパンの取材記事やインタビューコメントに注目して、HEROそれぞれの観点から解説します。
侍ジャパンの”意志と経路の力”=Hope
心理的資本のHopeとは、こうありたいという意志の力(Wii Power)と、それを実現するための複数の経路を描く力(Way power)を持ち合わせた力のことをいいます。ここでは、WBC日本代表のWillは何だったのか考えてみましょう。
実は、WBC第1回大会が行われた2006年は、最初メンバー招集された時点では選手もどういう大会か分かっていない状況だったといいます。第一回大会を率いた王貞治氏は、今回大会の優勝を受けて取材でこのようにコメントしています。
「世界一を競うんだというのは、ぼくらがやった頃は全然そんな雰囲気はなかったですからね。参加した選手たちの思いがものすごく強い大会でしたよね。」
参考:【WBC】王貞治氏「なんたって栗山監督の大ヒット」大谷、ダルビッシュら率いた指揮官を絶賛
今回大会は、選手の優勝への思いが過去の大会と比べ強くなっていることが伺えます。(なお、WBC第1回大会では、勝ち進む中でチームの優勝への思いや結束が強くなったそうです。そのエピソードはまたどこかで。)
では今回、侍ジャパンの選手たちの思いが強かった理由は何でしょうか?二つ理由を挙げます。
一つ目に、各選手が抱く「少年時代からの憧れ」が優勝への強い原動力になっていたのではないでしょうか。今回大会に出場する選手の年齢は、丁度過去のWBC日本代表の躍進を子どもの頃に目撃していた世代です。例えば、23歳の村上宗隆内野手は、小学校の卒業文集に「WBCで日の丸を背負いたい」と書いてあったそうです。今大会、終盤までは不振で結果が出ず苦しんでいた村上選手ですが、同じように第二回WBCで不振だったイチロー選手が最後に放った決勝タイムリーを思い出して、自分を信じたとコメントしています。
参考:ヤクルト・村上 小学校の卒業文集に書いたWBCでの活躍「当たり前のことをやっていくだけ」
二つ目に、「国内の野球熱復興」への思いがあるのではと考えます。というのも、国内の野球人口は2014年をピークに減少傾向にあります。栗山監督は昨年12月、野球伝来150年記念シンポジウムで、「生活のなかに、遊びのなかにあった野球が、そうじゃなくなっていく可能性がある」と発言しています。さらに、栗山監督は別のインタビューで、大谷翔平選手の招集について、参加を説得するまでもなく「本人はわかっていましたね。野球のために、今、何をしないといけないのか」と答えています。
もちろん、純粋に「強くなりたい」「優勝したい」という想いを、一流プレイヤーが持ち合わせていることは言うまでもありません。しかし上述のような背景・思いがあったからこそ、より強いHopeの力を持って、パフォーマンスを発揮することができたのではと筆者は考えます。
侍ジャパンの”自信と信頼の力”=Efficacy
心理的資本におけるEfficacyは、自己効力感と訳されます。「自分にならできそうだ!」という、”自分自身への自信と信頼の力”とお考えください。Efficacyを高める要因の一つに、”代理体験”があります。「あの人が頑張っているから、自分もやれる。」というような、他者から受ける刺激のことをいいます。
ここでは、日本代表に日系選手として初めて選出され、大活躍したラーズ・ヌートバー外野手に注目します。栗山監督は、ヌートバー選手がチームにもたらす影響を問われた際に、こうコメントしています。
「彼の、がむしゃらさだったり、そういうプレーというのは、間違いなく日本のチームに大きな勢いをつけてくれているところもあるんでね。」
参考:【WBC】栗山英樹監督が称賛 ヌートバーに「がむしゃらさが大きな勢いをつけてくれている」
感情を前面に出すプレースタイルが、チームに伝播し、高いEfficacyの発揮に繋がったといえるのではないでしょうか。山川穂高内野手は、大会後「最後に野球を純粋に楽しむっていうスタイルを海外の選手から学んだ。これは日本人がもう少しやってもいいところ。勝ち負けもそうなんですけど、堅苦しいところじゃない、純粋に体を目いっぱい使って野球を楽しむというところが海外の選手はすごかったです」とコメントしています。このコメント自体はヌートバー外選手を直接差すものではないですが、普段メジャーリーグでプレーしている彼が侍ジャパンへ与えた刺激、すなわちEfficacyへの影響は大きかったと思います。
侍ジャパンの”乗り越える力”=Resilience
Resilience(レジリエンス)は、危機や逆境に陥った時に、元に戻り回復することを超えて、逆境をきっかけにさらなる成長や成功につなげる力です。Resilienceを発揮するための方法として、自身の持つ”資産”に注目する考え方があります。資産とは、その人の持つ知識やスキル、ネットワークのことを指します。
今大会、まさにResilienceを発揮したのは、村上宗隆内野手でした。不振で苦しみながらも、準決勝では起死回生のサヨナラ打で試合を決め、決勝戦でも貴重な同点ホームランを放ち復活を遂げました。
そんな村上内野手ですが、今大会中に大谷翔平選手という大きな壁にぶつかり、それを乗り越えようと必死にもがいていたというエピソードをご存知でしょうか?ダルビッシュ有投手の証言によると、大谷選手が侍ジャパンのチームに合流する以前、周囲のメンバーから「村上、お前大谷には勝てねえよ」「レベルが違えよ」と言われる中、村上内野手は「でもわかんないですよ」「負けたくねえ」と話していたそうです。その後、名古屋での侍ジャパンの練習試合で、チームに合流した大谷翔平選手のバッティング練習での桁違いの飛距離に、多くのプロ野球選手が驚きと称賛の声を上げる中、ダルビッシュ投手は村上内野手の表情に注目していたところ、一人だけ怒ってイライラしていたのだそうです。
そこから村上内野手は、ダルビッシュ選手を頼ってサプリメントやウエイトトレーニングについて質問し、早速行動を起こしていたそうです。まさに、周囲の資産に頼りながら、悔しさをバネにResilienceを発揮し、最後の活躍に結び付いたのではないでしょうか。
侍ジャパンの”柔軟な楽観力”=Optimism
Optimism(オプティミズム)は、根拠の無い「なんとかなる」という楽観では無く、現実的で柔軟な楽観力のことをいいます。Optimismの思考法として、「過去への寛大」「将来への機会探索」という考え方があります。過ぎ去ったことは良い意味で忘れて、変えられる未来に集中する考え方です。
チームは、もがく村上内野手を最後まで信じ、彼が前を向けるような言葉をかけ続けていました。栗山監督は、「ずっと本人(村上内野手)に言ってきた。『最後はお前で勝つんだ』って。僕は信じていました」とインタビューに答えています。準決勝では、1点を追う九回の打席に向かう村上に対して、「任せた。思い切って行ってこい」と伝えたそうです。また、村上内野手の前に四球を選んで出塁した吉田正尚外野手は、打席に向かう村上に指を差すジェスチャーで「さあ行こう」という気持ちを伝えたといいます。決して、チームは不振の村上選手を責める・プレッシャーをかけるというアプローチではなく、Optimismの思考でコミュニケーションをとっていたことがわかります。
そしてもう一つ、Optimismの思考法に、「現在への感謝」があります。今大会前、メジャーリーガー組で唯一、侍ジャパンの宮崎合宿から参加したダルビッシュ有投手。チーム最年長として、チームをまとめました。キャンプではなかなか輪に入れず悩む宇田川投手に率先して声をかけ「宇田川会」を結成して会食の場を設けたり、トレーニングや投球方法についても自身の知識を積極的に伝えたそうです。ダルビッシュは、チームに伝えたかったこととして、「とにかく明るく、楽しくやるべきだということを浸透させたかった」と答えています。
参考:チーム最年長 日本チームをまとめた「ダルビッシュキャプテン」 今大会を通じて「伝えたかったこと」とは【侍ジャパン】
そのようなダルビッシュ投手の強い貢献心・高い人間性は、感謝の思考(Optimism)が備わっているからこそ、発揮されているのだと筆者は考えます。彼はYouTubeの対談の中でこのように話しています。
(変わったきっかけは、)自分が価値がある人間じゃないということに気付いたこと。
(中略)
一番最初に野球のルールを作ってくれた人がいて、そこに自分達が生まれてきて、その才能がたまたまあっただけで、それに僕らが凄いって言えるのか、出来ないじゃないかなと思ったといいます。あくまで野球という誰かが作った価値観の上に、僕らの才能が合ってる事に対して評価してくれてるだけで、幻想というか、本当の評価じゃないと思っているんだとか。そこに気づいたのが、自身の事をニュートラルにしてくれた。
参考:YouTubeチャンネル_高木 豊 Takagi Yutaka/【葛藤】”俺は価値のない人間”ダルビッシュ有を変えた「人生の分岐点」と対戦して嫌な打者・ベストナインについて語ります!
ダルビッシュ投手の強いOptimismの思考が、チームのパフォーマンスを引き出したといえるでしょう。
侍ジャパンから波及した、新たなる”HERO”の芽
紹介したエピソードは一部ですが(といいつつ長くなりましたが)、侍ジャパンのチーム内で高い心理的資本のHEROの力が形成され、パフォーマンスの発揮に繋がっていたことが、ご理解頂けたのではないでしょうか?
そして、大会は幕を閉じましたが、今大会での侍ジャパンの躍進が、チーム内外で新たなるHEROの芽を伝播させています。例えば、WBC決勝に先発登坂して勝利投手となった今永昇太投手は、試合後のインタビューでこう答えています。
「ダルビッシュさんとか大谷選手、メジャーですごい成績を残されている選手がいろんなことに興味を持って、いろんな練習、準備を丁寧にやっていた。自分がそれをやっているのか、できているのかを見直すと、甘すぎることが多いというのを日々感じたので、それだけでもすごくいい経験だった」
参考:一問一答 侍ジャパン・今永、初先発の決勝で米国強力打線に真っ向勝負も「通用した部分は正直ないと思いますね」/WBC
さらに、アメリカや韓国などの強豪国の間でも、「今回の負けを受け入れよう」「レベルアップしよう」という声があがっているそうです。ちなみに、決勝戦の9回2死。投手大谷翔平はメジャーリーグ・エンジェルスの同僚でありスーパースターのマイク・トラウト選手から空振り三振を奪い優勝を決めるという漫画のような展開で幕を閉じた訳ですが、試合後にトラウト選手は、「ラウンド1は彼(大谷)の勝ちだね」とコメントし、既に再戦に闘志を燃やしています。
日本を含む世界中の野球選手が、今大会で刺激を受けたり、あるいは逆境を感じることにより、これからさらなるHEROを発揮していくことは間違いありません。これからのWBCがますます楽しみですね!
さいごに:大谷翔平選手のスケールアップしたWill
大会のMVPに選ばれた、投打の活躍を見せた大谷翔平選手はインタビューで「日本の野球がますます注目されていくことになると思うが、この先に向けてどんな思いか」と聞かれた際に、こう答えました。
「日本だけじゃなくて、韓国もそうですし台湾も中国も、その他の国も、もっともっと野球を大好きになってもらえるように、その一歩として優勝できたことがよかったなと思いますし、そうなってくれることを願っています。」
参考:大谷翔平選手、WBC優勝後に「日本だけじゃない。韓国や台湾や中国も…」アジアへの思いを語る
大谷選手が子どもの頃からの夢だったというWBCですが、明らかに彼の抱くWillがスケールアップしています。このWillが、彼の中のHEROに相互に影響を与え、さらなる成長・パフォーマンスの発揮に繋がっていくことでしょう。
ビジネスパーソンである私達も、侍ジャパンから学び、心理的資本のHEROを開発し、日々のパフォーマンス発揮に役立てていきましょう。心理的資本は適切な介入によって高めることができます。まずは本ブログが、”心理的資本”の視点から人のパフォーマンス発揮について考えるきっかけになれば嬉しいです。
そして、侍ジャパンの皆さん、感動をありがとうございました!
※心理的資本を高める対話手法を、”ガイディング”といいます。詳細は下記のブログをご参考ください。
2023.02.07
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